2017年05月14日

【曾我の傘焼きまつり出演プロジェクト】出来んの?河津掛け??

さて、その昔『曾我の中村』などという言葉があるくらい密接な関係にあった『中村』こと小竹地区と『曾我』地区。六本松峠を通る道は両地区を繋げ、多くの人や物資が行き交っていました。

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今でこそ「ただの農道」のような感じになっていますが、六本松峠は相当古い道で、小竹から六本松峠と通って曾我の里に下り、足柄平野を横断する『足柄古道』に通じて足柄峠を目指す『古代の官道』ではなかったかと推測する専門家もいます。事実、『吾妻鏡』には源頼朝が六本松峠を通った記述があります。曾我兄弟や虎御前も通ったする伝承があり、曾我と小竹には『遺跡』も存在します。
曾我の傘焼きまつりへの参加は、そんな深い歴史的交流を持つ両地区を象徴するものとして企画されたものです。下中座から怪童丸と熊太郎が参加して相撲を取ることになりました。

さて……。

曾我兄弟といえば、父・河津三郎祐通に由来する相撲の決まり手『河津掛け』があります。
これは曾我の傘焼きまつりのホームページに掲載されている『河津掛け』です。学校法人新名学園旭丘高等学校相撲部による実演です。


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いや無理でしょう

調べてみると貴ノ浪など大柄な力士が使うことがあった技で、熊太郎より小兵の怪童丸が使う決まり手にはふさわしくない様子。曾我兄弟ゆかりの大技ではありますが、別の技を決まり手で考えていくことになりました。
posted by 西川名無子(にしかわ ななし) at 20:00| 日記 | 更新情報をチェックする