2017年05月21日

【曾我の傘焼きまつり出演プロジェクト】怪童丸、リアルに相撲を取る!

曾我兄弟ゆかりの下曽我地区。下中座のある小竹地区の隣の地区で、古くから交流がありました。
下曽我地区の三大イベントの一つが「曾我の傘焼きまつり」です。開催は今年で60回目を迎えると言います。
ただし、この60回という回数は戦後昭和33年(1958年)に復活してからのこと。曾我兄弟の菩提寺である城前寺の時伝には江戸中期以降、歌舞伎狂言で『曾我物』が流行した頃から始まったとされています。昭和12年(1937年)に日中戦争が始まるとその影響から中断を余儀なくされました。実は長い年月を重ねられた行事なのです。
曾我兄弟が富士裾野で実父河津祐泰の敵の工藤祐経を討った故事にちなみ、仇討のあった5月28日に近い土日に開催されています。ちなみに仇討のあった建久4年5月28日は西暦換算すると1193年6月28日ですが、新旧暦のズレは考慮されず、むしろ梅雨前の雨乞い信仰に被せるように実施されたものと考えられています。

この行事に下中座を挙げて参加しています。主催の曾我兄弟遺跡保存会は地元の人々で運営されています。いくらかの行政の支援がありますが、運営には苦労が多いようです。
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人形だけでなく曾我兄弟一族郎党に座員も扮して参加します。
満江御前に里美さん、化粧坂の少将にはけいちゃん。虎御前には昭和女子大学の学生さんがなっています。
昭和女子大学歴史学科を中心に大勢の学生さんが行事の運営に参加しています。

【曾我の傘焼きまつり出演プロジェクト】昭和女子大学歴史文化学科ブログが傘焼き祭りを盛り上げまくっています。

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曾我兄弟一族郎党が、JAかながわ西湘下曽我支店から下曽我駅までパレードをします。
怪童丸に熊太郎、狸吉も旭丘高等学校相撲部の後に続いて沿道のお客様にアピールです。
街中を人形が歩くのは非常に珍しい光景です。驚きをもって迎えられました。

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大人や昭和女子大学の学生さんには大人気な熊太郎でしたが、乳幼児には大不評悲しい反応をされてしまいました。

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恒例の銭撒きです。曾我兄弟一族郎党の他市長さんらが撒きます。
熊太郎も盛大にアピールです。
「あの熊めがけて投げろ!」
旭丘高等学校相撲部の皆さんからそんな声が聞こえました。

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なんと!撒き銭Getです!

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クライマックスの傘焼きです。
傘は寄付を募ったものです。昔は古い唐傘・蓑笠を燃したそうですが、今は唐傘を使うことがないため、傘焼用に新調されています。傘には寄付者の祈りの言葉が書かれています。
その想いを天まで届けるように炎が立ち上がりました。
posted by 西川名無子(にしかわ ななし) at 20:00| 日記 | 更新情報をチェックする

2017年05月18日

【曾我の傘焼きまつり出演プロジェクト】昭和女子大学歴史文化学科ブログが傘焼き祭りを盛り上げまくっています。

昭和女子大学歴史文化学科には、ブログがあることは判っていましたが、なんと!!傘焼き祭りを盛り上げまくっています。

曽我の里、梅の里をもりあげよう![2017年05月17日(水)]

面白いのは、よくある大学と行政との連携とかではなくて、地域的な民間組織(曽我兄弟遺跡保存会)と昭和女子大学の連携という点。実際に昭和女子大学の学生の皆さんが曽我の傘焼きまつりの様々な場所で活躍される予定です。
しかも!今年一回だけということではない様子!これは注目です。
posted by 西川名無子(にしかわ ななし) at 20:00| 日記 | 更新情報をチェックする

2017年05月14日

【曾我の傘焼きまつり出演プロジェクト】出来んの?河津掛け??

さて、その昔『曾我の中村』などという言葉があるくらい密接な関係にあった『中村』こと小竹地区と『曾我』地区。六本松峠を通る道は両地区を繋げ、多くの人や物資が行き交っていました。

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今でこそ「ただの農道」のような感じになっていますが、六本松峠は相当古い道で、小竹から六本松峠と通って曾我の里に下り、足柄平野を横断する『足柄古道』に通じて足柄峠を目指す『古代の官道』ではなかったかと推測する専門家もいます。事実、『吾妻鏡』には源頼朝が六本松峠を通った記述があります。曾我兄弟や虎御前も通ったする伝承があり、曾我と小竹には『遺跡』も存在します。
曾我の傘焼きまつりへの参加は、そんな深い歴史的交流を持つ両地区を象徴するものとして企画されたものです。下中座から怪童丸と熊太郎が参加して相撲を取ることになりました。

さて……。

曾我兄弟といえば、父・河津三郎祐通に由来する相撲の決まり手『河津掛け』があります。
これは曾我の傘焼きまつりのホームページに掲載されている『河津掛け』です。学校法人新名学園旭丘高等学校相撲部による実演です。


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いや無理でしょう

調べてみると貴ノ浪など大柄な力士が使うことがあった技で、熊太郎より小兵の怪童丸が使う決まり手にはふさわしくない様子。曾我兄弟ゆかりの大技ではありますが、別の技を決まり手で考えていくことになりました。
posted by 西川名無子(にしかわ ななし) at 20:00| 日記 | 更新情報をチェックする