2017年06月24日

少しさびしい稽古日

押忍!鶴太郎でございます。
珍しく午前中の稽古。
参加人数が少なくやや寂しい稽古場☔。
全体での通しは無理そうなので
個別演技を重点的に練習しました。

ちなみに写っていませんが
反対側では人形教室も同時に行っております。

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毎年恒例の夏合宿はもうすぐそこです。
合宿で鍛えるポイントを見つけるためにも頑張りましょう

posted by 西川鶴太郎 at 23:55| 日記 | 更新情報をチェックする

2017年06月03日

一歩一歩

相模人形教室は順調に回を重ねています。

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主・左・足を交替で稽古しています。
少しづつ難易度が上がってきています。何事にも基本動作の反復練習は大切です。

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少し遅れて参加した中学生には別に指導することも。
上達のスピードは人それぞれ。上達に合わせて稽古内容も変わります。これは普通の座員も同じことです。
奥では座員も『朝顔』の稽古です。
教室の受講生の皆さんに負けられません。

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今年は座一番の遣い手の佐藤さんが、いよいよ太夫デビューになりそうです。
佐藤さんの義太夫にあわせて人形を遣います。

秋には川崎市立日本民家園公演が控えています。この夏に仕上げまで頑張ります!
posted by 西川名無子(にしかわ ななし) at 20:00| 日記 | 更新情報をチェックする

2017年05月21日

【曾我の傘焼きまつり出演プロジェクト】怪童丸、リアルに相撲を取る!

曾我兄弟ゆかりの下曽我地区。下中座のある小竹地区の隣の地区で、古くから交流がありました。
下曽我地区の三大イベントの一つが「曾我の傘焼きまつり」です。開催は今年で60回目を迎えると言います。
ただし、この60回という回数は戦後昭和33年(1958年)に復活してからのこと。曾我兄弟の菩提寺である城前寺の時伝には江戸中期以降、歌舞伎狂言で『曾我物』が流行した頃から始まったとされています。昭和12年(1937年)に日中戦争が始まるとその影響から中断を余儀なくされました。実は長い年月を重ねられた行事なのです。
曾我兄弟が富士裾野で実父河津祐泰の敵の工藤祐経を討った故事にちなみ、仇討のあった5月28日に近い土日に開催されています。ちなみに仇討のあった建久4年5月28日は西暦換算すると1193年6月28日ですが、新旧暦のズレは考慮されず、むしろ梅雨前の雨乞い信仰に被せるように実施されたものと考えられています。

この行事に下中座を挙げて参加しています。主催の曾我兄弟遺跡保存会は地元の人々で運営されています。いくらかの行政の支援がありますが、運営には苦労が多いようです。
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人形だけでなく曾我兄弟一族郎党に座員も扮して参加します。
満江御前に里美さん、化粧坂の少将にはけいちゃん。虎御前には昭和女子大学の学生さんがなっています。
昭和女子大学歴史学科を中心に大勢の学生さんが行事の運営に参加しています。

【曾我の傘焼きまつり出演プロジェクト】昭和女子大学歴史文化学科ブログが傘焼き祭りを盛り上げまくっています。

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曾我兄弟一族郎党が、JAかながわ西湘下曽我支店から下曽我駅までパレードをします。
怪童丸に熊太郎、狸吉も旭丘高等学校相撲部の後に続いて沿道のお客様にアピールです。
街中を人形が歩くのは非常に珍しい光景です。驚きをもって迎えられました。

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大人や昭和女子大学の学生さんには大人気な熊太郎でしたが、乳幼児には大不評悲しい反応をされてしまいました。

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恒例の銭撒きです。曾我兄弟一族郎党の他市長さんらが撒きます。
熊太郎も盛大にアピールです。
「あの熊めがけて投げろ!」
旭丘高等学校相撲部の皆さんからそんな声が聞こえました。

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なんと!撒き銭Getです!

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クライマックスの傘焼きです。
傘は寄付を募ったものです。昔は古い唐傘・蓑笠を燃したそうですが、今は唐傘を使うことがないため、傘焼用に新調されています。傘には寄付者の祈りの言葉が書かれています。
その想いを天まで届けるように炎が立ち上がりました。
posted by 西川名無子(にしかわ ななし) at 20:00| 日記 | 更新情報をチェックする